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“生きる”ということについて

生きる

昨日ある映画のDVDを観ようとしていて、
予告編で沖縄辺りでの生活を描いた映画の宣伝が流れたんだけど、
その時隣にいた彼女がそれを見て、「東京って生きるの簡単だよね」って呟いた。
僕は「確かに、お金さえあればいいもんね」と、返事をした。
今になってこのやり取りを思い出してちょっと考えた。

“生きる”とはどういうことなのか。
仕事をしてお金を稼いで、食事からエネルギーを補給して
睡眠を取り生命活動を維持する。
彼女が言った“生きる”と言うのは、たぶんこういう意味だろう。
では、それが簡単だとか難しいとか言うのはなぜだろう。
なぜ、東京では簡単で、沖縄では難しくなるのだろうか。

その映画の宣伝では、沖縄(辺り)での生活の模様が少しだけ映されていた。
そこで東京と大きく異なるのは、自然だとか食べ物だとか仕事ではなく、
“人との関わり”であるように僕の目には写った。
東京では、同じアパートに住んでいても隣人の顔さえ分からない。
関わらなくても特別、生活に支障は無いわけだ。

ところが、田舎に行けばそうは行かなくなる。
少し大袈裟な言い方かも知れないが、モノが少ない分、
人と人とがより密に関わらなくては生活が成り立たないのだ。
人と人とが関わり合うのだから、当然意見の不一致やいざこざ、
面倒事に見舞われるだろう。
それは東京等の都会よりも恐らく多いはずだ。

“それ”が生きるのが難しいと感じさせる原因だと僕は思った。
では、人との関わりがより希薄な都会の方が、生きるのに好ましい環境なのだろうか。
僕はそうは思わない。
なぜなら人間とはそもそも誰かと関わらなくては生きていけない生物だからだ。
都会であろうと田舎であろうと、必ず関わり合いはある。

ただ、都会ではその繋がりや関わりが見え難くなってしまっているのだ。
直接面と向かって関わる必要がないから、自分一人で生きているような錯覚に陥る。
田舎では、それがはっきり見える。
僕は、こうした人間臭い関わりがあったほうが、
より人間らしい生き方なんじゃないかと思う。

まあつまり何が言いたいのかというと、
僕は一人で生きているのではない、
という事を忘れてはならないという事、かな。
一見すると生きやすいように見える東京に暮らしていても、
誰かに支えられて生きているのだ。
そして同じように、僕も誰かを支えてやらねばならない。
人間らしく生きるために。

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